【Balkans2018-64】サラエボ街歩き-バシチャルシァからサラエボ事件のラテン橋

サラエボの Baščaršija バシチャルシア に着きました。

レストランの写真は常に気になる。

ガジ・フスレヴ=ベグ博物館

Gazi Husrev-begov muzej

石造りの建物が素敵です。

ガジ・フスレヴ=ベグ・モスク

Gazi Husrev-begova džamija

中は見学しなかったけれど

外観と中庭の見学だけでも素敵なモスク

説明を読むのも楽しい

モスクを出て再び散策

このパンツ買えば良かった。

動きやすそう。

ブレスレットもカワイイ

5KM(Konvertibilna Marka)=約315円(2018年9月現在)

モスタルでも見たけれど

ボスニアコーヒーセットも素敵。

お店もカフェもたくさんあるので

散策が楽しいエリア

あちこちにモスク

イスラムの世界も素敵だなと思います。

セビリ

Sebilj Brunnen (Fountain)

青空にミナレット

いいなあ、好きです。

カフェ SARAJのスイーツ

どれも美味しそう

その上とても安い。ケーキが約120円。

バクラヴァも種類豊富

美味しそう。

あとでカフェで食べよう。

Kovači 通り

かわいいカフェやショップが並んでいます。

ものすごく好みなカフェ発見!!

Cajdzinica Dzirlo-Tea House

翌日訪れましたが今思うとこのすいている時に

お茶すればよかった。

オーナーがものすごく素敵です。

可愛いディスプレイのお店ばかり。

坂の上まで行くと眺めが良いです。

再びバシュチャルシア

鳩がいっぱい

見ているだけでも楽しい

サラエボ市庁舎の前の Šeherćehaja bridge

観光スポットには説明あり。

サラエボ市庁舎 Sarajevo City Hall

旧国立図書館

1992年8月にセルビア人勢力に攻撃され4日間燃え続け、

200万点以上の蔵書が燃えてしまったとのこと。

2014年5月に22年ぶりに修復を終えオープン。

中も素敵なので見学すれば良かった。

よしまたサラエボに行こう。

天井

1992年8月に燃やされたことを記すプレート

本当に DO NOT FORGET だと思います。

市庁舎の隣の建物もひどい被害を受けたことがわかります。

素敵です。

Wikipediaからお借りしました。

破壊された国立図書館でチェロを弾く Vedran Smailović 氏

“Cellist of Sarajevo” で知られている方。

紛争中も鎮魂のためにチェロを弾き続けたのだそう。

“Cellist of Sarajevo”を読んでみたくなりました。

紛争当時のサラエボ(Web上からお借りしました。)

STEVEN GALLOWAY

” The CELLIST of SARAJEVO ”

日本語版「サラエボのチェリスト」

この風景がとても好き

先ほどのサラエボ市庁舎から少し先には、

第一次世界大戦のきかっけとなったサラエボ事件が起きたラテン橋

Latinska ćuprija

ラテン橋を渡ります。

実際に銃撃されたのはミュージアムの傍とのこと。

そういえば高校生の頃世界史好きだったなと思い出しました。

【サラエボ事件とは】

1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝・国王の継承者

フランツ・フェルディナントとその妻ゾフィーが、

サラエボ(当時オーストリア領)を視察中、

ボスニア出身のボスニア系セルビア人のガヴリロ・プリンツィプによって暗殺された事件

ラテン橋からミリャッカ川 Miljacka

Sarajevo Museum 1878-1918

This dependency houses the permanent exhibition of Sarajevo from 1878 to 1918, displaying Sarajevo during the Austro-Hungarian period.

ミュージアムの壁には

『この場所から1914年6月28日にガブリロ・プリンツィプが

フランツ・フェルディナンドと妻のゾフィーを暗殺した』

というプレートがありました。

アプリをダウンロードすればサラエボをもっと知ることができそう。

サラエボには事前に何も調べずに来てしまいましたが

街の様子を見て過去の歴史を調べれば調べるほど

もっと知りたくなりました。

~つづく~




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