【Balkans2018-63】バスでモスタルからサラエボへ・旧ホリデイインにチェックイン

モスタルのバスステーションからバスに乗って

サラエボ(サラエヴォ)へ向かいます。

1人で2席使えました。

バルカン半島は自然が美しい

進行方向右側には美しいネレトヴァ川

思いがけず美しい景色に出会えるので

やっぱりバスの移動は楽しい

自分でレンタカーを運転出来たらどこでも好きな時に好きなところへ

行けるんだろうなと思うと今からでも教習所に行こうかと

とても迷うけれど日本で運転する機会は無さそうというか無い。。

途中、Jablanica ヤブラニツァのバスステーション

途中の街で

こういう陳列とても好き。美味しそうに見えて。

更に山

こういう景色、好きなのです!

山の中に可愛いお家

山から街へ

そろそろサラエボ(サラエヴォ) Sarajevo

サラエボ包囲の時は通りを安心して歩くことさえ出来なかったはず

モスタルでもたくさん見たけれど

サラエボでも銃弾の跡だらけの建物

破壊されたままの建物もあるけれど

近代的な Avaz Twist Tower

サラエボのバスステーションに到着

モスタルから3時間くらいだった記憶

鉄道駅もすぐ隣

サラエボにはバスステーションが2つあり、

1つは鉄道駅隣のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦に、

もう1つはスルプスカ共和国にあるIstočno Sarajevo Bus Station

イストチノ・バスステーション

ボスニア・ヘルツェゴビナの地図

ピンクがREPUBLIK SRPSKA スルプスカ共和国

ブルーがボスニア・ヘルツェゴビナ連邦。

サラエボはちょうどどちらにも跨っているようです。

ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦はボシュニャク人(ムスリム)とクロアチア人、

スルプスカ共和国はセルビア人メインのエリアとのこと。

今でも民族間で分かれているなんてサラエボを訪れるまで知りませんでした。

内戦の時にジャーナリストが唯一泊まれたホテル

旧ホリデイ・イン(現在は Hotel Holiday)

Iskoristite sve prednosti odmora Sarajevu, od cjenovno pristupačnih do luksuznih hotelskih apartmana s pet zvjezdica.

サラエボに2泊した後ベオグラードへ向け朝6時台のバスに乗る予定があるので

駅前のこのホテル・ホリデーに泊まります。

バスステーションまでは約1.1km、徒歩10分強

1984年のサラエボ冬季オリンピックの時に開業したそう。

オリンピックのマークがあります。

イエローで目立ってわかりやすい。

ホテルのロビー

レトロな感じでとても好き

DDR好きとしては昔の名残を見つけたい。

ホテルのお部屋から

周りにショッピングセンターもいくつかあり、

観光以外にも便利な立地

★ホテル・ホリデーの詳細はこちらの記事で。

サラエボの鉄道駅、バスターミナルから ゆっくり歩いても15分ほどのHOTEL HOLIDAY 前身は19...

荷物を置いて早速観光へ

ホテルの廊下を歩いていると全部屋ではないけれど

Holiday Inn時代の名残のプレートも。

サラエボの街はあちこちこのような観光案内が豊富。

私のようにガイドブックを持って来なくても困りません。

ホテル・ホリデーのこの前の通り、

内戦の時は通称スナイパー通りとも呼ばれたとか。

通りを横切る人は人・動物問わずスナイパーに撃たれたそう。

とりあえず、Old Townのバシュチャルシャ Baščaršija へ

行ってみよう。

2kmならトラムやバスに乗らず歩いて行けそう。

トラムやバスだと写真を撮れないので。

歩くと早速、銃弾の跡だらけの建物。

修復しているようですが色が違うのでよくわかる。

Hotel Holidayの斜め向かいは

近代的なショッピングモール、Sarajevo City Center

swissotelも入っています。

次にサラエボに行くときはホテルはこちらがいい。

トラムもあとで乗ろう

またも銃弾

トラムの駅

初めての街はワクワクします。

モスクもあちこちに

オリンピックの施設もたくさん

バシュチャルシャまで1kmになりました。

公園のこのモニュメント

Sarajevo Memorial for Children Killed during Siege

1992年から1995年のサラエボ包囲で殺された子供たちのメモリアル

不思議と引き寄せられ見入ってしまうモニュメントでした。

Memorial to Children Killed During The Siege of SARAJEVO

1992-1995

公園の芝生にあちこちにあるこの白い石碑、

お墓でしょうか。

サラエボ包囲で無くなった子供たちの名前が刻まれています。

私と同年代の人がみんな1992年から1995年に

無くなっています。

まだ16歳ころです。

こういうことは実際にこの場所に来なければ

私の場合一生知らなかったと思います。

国旗を見ると嬉しい

激しい内戦だったサラエボだから古い建物は無いのかなと思ったら

ありました。

美しい

LE PASSAGE

こういう古くからの建物はいつまでも残って欲しいなと思います。

更に進むと

Eternal Flame

永遠の炎

永遠の炎は、サラエボ(ボスニアヘルツェゴビナ)での第二次世界大戦の
一般人の犠牲者の記念です。
1946年4月6日(ナチスドイツによる4年の占領からのサラエボの解放とクロアチアのファシスト・インディペンデント州の最初の記念日)に捧げられました。

永遠の炎の横の道を行くと、

活気がある Ferhadija Pedestrian Street

Traditional Bosnian Food のレストラン

美味しそうなジェラート屋さん発見!

もちろん購入

お店の名前は Revolucija 1764

他のお店より少し高めということもあり美味しい!

ピスタチオとチーズケーキ

チーズケーキが1.5KM

ピスタチオは2.0KM

2スクープで3.5KM = 約223円 ※1KM=(約63円)

とても安い。物価が安い国大好きです。

Old Townの観光案内

Saborna Crkva Rođenja Presvete Bogorodice

このエリアはヨーロッパ風の建物も、

イスラムな建物もあり楽しい

素敵な教会

Katedrala Srca Isusova

お天気が良くて良かった

美味しそうなお料理

10.00 KM(マルカ)=約630円(2019年1月22日現在)

きっとツーリスト向けレストランなのだろうけれど

それでも安い

そろそろオールドバザールエリアの

バシュチャルシャに到着したようです。

2kmなんてあっという間。

サラエボは見どころの多い街です。

~つづく~




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